のぶひろくん写真撮影同行
※この文章の中に出てくる名前は、私の名前以外は全て仮名です。
本日は、のぶひろくんのお世話をさせて頂きました。
のぶひろくんのことは、2週間前と1週間前、これまで2回お預かりした。今日は、写真館でのぶひろくんの写真撮影をしたいので、その様子を撮ってほしいとのことだった。
写真館なので、館内で静止画の写真撮影をするのはNGなのだけれど、自分用の動画に限ってはOKなのだそうだ。その動画を撮ってほしい、とのご依頼だ。
写真館で、自分の子の写真を撮る。これは、素晴らしく幸せな家庭のひとコマと言えるのではないだろうか。
依頼者様のご自宅のすぐ近くに、写真館はあった。依頼者様は、のぶひろくんを乗せて自転車で走ってきた。今日もよろしくお願いします、と、笑顔で挨拶をする。
2週間前に初めて依頼者様にお会いした時、依頼者様はとても苦しんでいらっしゃった。幸せという言葉とは程遠いように見えた。
しかし、今日の依頼者様は、終始笑顔だった。
私がのぶひろくんをお預かりしたことで、依頼者様の心が少し落ち着いたのかな、と考えた。ほんの少しではあるけれど、依頼者様の逃げ場を作れたのではないか、ということだ。もちろん、そんなことを考えるのは僭越だが、もしそうであったなら、私はこのお仕事をお受けした甲斐があるし、幸せである。
撮影
依頼者様は、2時間の撮影枠を予約していた。本気度の高い撮影だ。
衣装選び
まず、衣装を選ぶ。依頼者様は、5パターンほどの衣装を選んだ。
そのうち2つは、女装だった。依頼者様は、「可愛いし、将来オネエになるかもしれないから」と仰った。
その発想は、私には無いものだった。しかし、それは正しい選択であるように思った。
ゼロ歳児なのだから、現在ののぶひろくん本人は、何を着ているかなんて理解していない。セクシャリティは繊細な問題ではあるが、のぶひろくん自身が嫌がらないのだから、女装を撮るのは悪いことではないと思う。
そして、もしのぶひろくんが大人になってからオネエになったとしたら。その確率はわからないけれど、もしそうなったとしたら、このゼロ歳の時の女装の写真は、のぶひろくんにとって大きな心の支えになるだろう。
撮影の時間
のぶひろくんはゼロ歳児だ。こちらの思い通りには動いてくれない。写真館の方は3人がかりでのぶひろくんの注意を惹いた。おもちゃを目の前に持っていき、それを大きくカメラの方に動かして目線を誘導して撮っていく。
3人それぞれがさまざまに動いているので、動画を撮るのが難しい。私は自分のスマホで、邪魔にならないように、ちょこまかと動きながら撮影した。私が撮る動画も、のぶひろくんと依頼者様にとって大切な記録になるはずだが、最も大切なのは写真館の方が撮った写真だ。どの程度でしゃばって良いのか、加減が難しい。ともかく、写真館の方の動きを優先しながら撮影した。
写真を選ぶ
撮影そのものは、慌ただしく1時間程度で終わった。これから、依頼者様がどの写真を買うか選ぶ。その間、私はのぶひろくんのお世話をすることになった。
写真館の中には、赤ちゃんが遊んでくれるようなスペースとおもちゃがあった。のぶひろくんは、それらで自由に遊んだ。積み木が気に入ったようで、積み木の箱をなんどもひっくり返した。ひっくり返すと、積み木が落ちて散らかる。私がそれを箱に戻す。戻し終わったら、またのぶひろくんがひっくり返す。それを3回ほど繰り返した。
なんとなく、コミュニケーションが取れているような気がした。のぶひろくんは、私が積み木を元に戻すことを期待していたと思う。その期待に応えて、私が戻す。のぶひろくんは、またひっくり返す。心が通じたような気がして嬉しい。
積み木をひっくり返すのが終わると、のぶひろくんは少し高い位置にある衣装の方に目を向けた。じっと見ている。触りたがっているように見えたので、のぶひろくんをだっこしてみた。
前回のお預かりの時は、のぶひろくんは、私にだっこされることを嫌がった。今回はどうか。
私がのぶひろくんをだっこしても、のぶひろくんは泣かなかった。やった。私はのぶひろくんの信頼を勝ち取った。私は少し泣きそうになった。
衣装に近づくと、のぶひろくんはひとつひとつの衣装を手で触った。なんでも触りたい時期なのだろう。だいぶ興味を惹かれたようで、30分ほどを衣装触りに費やした。その間、私はずっとのぶひろくんをだっこしていた。幸せである。
そうしているうちに、写真選びが終わった。依頼者様とのぶひろくんと3人で、写真館を後にした。
食事
依頼者様は満足してくれたようで、私を食事に誘ってくれた。おっさんレンタルのルール上、レンタル中の必要経費は全て依頼者様が支払うことになっている。レンタル時間が長くなることに加えて、更に食事代も出す必要があるということだ。
それでも食事に誘って頂ける。大変嬉しいことだ。近くのファミレスへ向かった。
ファミレスで、3人で食事を食べる。のぶひろくんはゼロ歳児だから、おとなしく座ってくれているわけはない。私と依頼者様、片方が食べているときは片方がのぶひろくんのお世話をする。
懐かしい、と感じた。私の子が小さい時もこんな感じだった。
ファミレスで依頼者様は、今度ママ友会があるんだ、と語った。この市では、同じ月齢のお子さんを持つ親を集めて談話会のようなものを開いているそうだ。勉強会とか、そういう堅苦しいものではなく、「とりあえず集まって話してみませんか」というようなスタンスで開催されているらしい。
これは素晴らしい取り組みだな、と感じた。なんとなくそういう会があるということは聞いたことがあるけれど、全ての市でそれをやっているかというと、そうでもないと思う。親はみんな不安を抱えて育児をしている。つながりを求めている人が大部分だろう。市側としてはそれほど大きなコストがかかるわけでもないだろうし、どんどんやってほしい、と思った。
今日は、私がのぶひろくんをだっこできた記念すべき日だ。依頼者様に写真を撮って頂いた。
食事を終えて、解散となった。3時間ほどのレンタルであった。
業務を終えて
今日の依頼者様のご様子を見て、私はとても安堵した。少なくとも、最初にお会いした時よりは落ち着かれていると思う。そこに私が貢献できていたとすれば、嬉しい。
そして、のぶひろくんをだっこできた。小さい子をだっこするというのは、本当に幸せなことだ。
報酬を頂いて、ファミレスを後にした。本当にこの仕事は、良いことばかりだ。小さい子に相手にしてもらい、報酬も頂ける。依頼者様にも喜んで頂ける。
しかし一方、小さい子のお世話をすることを、楽しい、と感じている私は、プロ意識がないのかもしれないな、とも考えた。プロのベビーシッターさんであれば、常にあらゆる危険を想定し、それらを回避するように動くのだと思う。
私は、自分のモラルに従い、自分なりに誠実にベビーシッターをしているつもりだ。けれど、知識が少ないのは明らかだ。知識が少ないまま、その仕事を楽しむことばかりを考えて良いのだろうか、とも思う。
しかし、依頼者側がプロの知識を求めれば求めるほど、ベビーシッターの仕事を請け負う人は少なくなる。その結果、子を持つ親は子を預けられない可能性が高くなり、親は疲弊する。
だからこそ、私は自分が低スキルであることを前面に出してベビーシッターをしている、という面もある。低スキルであっても誠実な態度があるなら、長期間の専門教育を受けていない状態でもベビーシッターをして良い、という社会的合意を作りたい。その方が結果として、全体の幸福量は増えるのではないか、と感じる。
とはいえ、やはり最低限の勉強は必要だろうな。どこかで、何も知らない人向けの講習会のようなものが開催されていないか、調べてみよう。