水野さん 就職活動面接の練習
※この文章に登場する名前は、私の名前以外は全て仮名です。
本日は水野さんの就職活動面接の練習にお付き合いさせていただきました。
おっさんレンタルCEOの西本さんからLINEが入った。依頼主は大学生の女性で、就職活動の面接の練習をしたいというご依頼だそうだ。
就職活動は、その学生さんご自身として、人生においてとても大きなイベントであるはずだ。
誰かの人生の大きなイベントに関わることができる。それは、私としては名誉に感じる。役に立つことが言えるかどうかはわからないが、私は二つ返事でこの依頼を受けることにした。
メールで連絡を取る。依頼主の水野さんは、どうしても内定を取りたい企業の面接を週明けに控えていた。水野さんが言うには、面接官と同じくらいの年齢の男性と話すこと自体が面接の練習になる、とお考えのようだった。
そのようにハードルを下げて頂けるのは、依頼を受ける私としては大変ありがたい。しかし、それに甘えてはいけない。自分なりの準備をして、当日を迎えた。
この日の前日、私はボクシングの試合でボコボコにされていた。身体が、どこもかしこも痛くて、仕事らしい仕事ができない状態だった。会話だけで仕事になるこのご依頼は、この日にちょうど良かった。
指定された場所は、池袋の喫茶店だ。席の予約もしてくれているという。その場所も、メールで細かく案内してくれた。
人を雇う場合、雇い主の方が上の立場である、という感覚を持っている人が多いと思う。今回の雇い主は水野さんだ。だから、私に対しては最低限の連絡をすればよい、と考えるのが普通の感覚であると思う。
しかし、水野さんからのご連絡はそういった粗い印象がない。ホスピタリティを感じた。相手を気遣うことができる方なのだろう。
メールでは、指定の喫茶店はビルの7階とお聞きしていた。しかし、7階をウロウロと探してみてもそれらしきお店がない。もしや、と思って他の階を探すと、8階にその喫茶店があった。私は急ぎ8階へ向かった。
このミスの相手が私で良かったと感じた。たぶん、これで水野さんは就職面接に絡む細かなミスをする可能性が低くなっただろう。私は特に何もしていないけれど、たぶん水野さんの役に立つことができた。これはお互いにハッピーだ。
喫茶店にて
8階に着いて、水野さんと落ち合い、レンタル頂きありがとうございます、と挨拶する。
まずは水野さんの就職活動の状況を聞く。水野さんは、開口一番、二回目の就職活動なんです、と仰った。留年してしまったということだ。留年の原因は、卒業に必須な単位を取り忘れたことだそうだ。
水野さんはうっかりさんなのだな、と感じた。しかし、暗さや卑屈さは感じない。留年した事実を明るく受け入れていらっしゃるように見えた。失敗は失敗として受け止めつつ、先を見ることができる方なのだなと感じた。
週明けから三日連続で、志望度の高い企業3社の面接があるそうだ。学生さんにとって、1時間1000円を払ってまで人を雇うというのは相当ハードルの高いことだろう。水野さんは面接の練習のために安くない金額を払って私を雇った。それだけその3社に本気で入りたいということなのだろう。
私の勝手な印象だが、就職活動というものは、虚飾にまみれたものだと思う。学生さんたちは、様々に言い繕いながら面接を受ける。実際にはそんなに入りたくない企業に対して、御社が第一志望です、と言わなければならない。自分の心に嘘を付くのは辛いことだ。
水野さんは、私を雇ってまで面接の準備をしている。志望度の高さは本物だ。でも、志望度が高くない他の学生さんも、御社が第一志望です、と言うだろう。水野さんも、嘘をつかなければならない他の学生さんも、社会から無意味な面倒を押し付けられているように思った。
志望業界
水野さんは、広告業界の企業とコンサル業界の企業を志望されていた。これは、運が良い。私は、広告業界にもコンサル業界にも勘が効く。
私は長くアフィリエイトブロガーとして活動していた時期があった。末端の人間ではあるけれど、広告業界の人と接触は多くあった。
また、本業の会社員としてはシステムエンジニアをしていたので、外注先としてコンサル会社の人を雇って一緒に仕事をすることも経験していた。私は、水野さんとちょうど良いマッチングであるように感じた。
もしかしたら、おっさんレンタルCEOの西本さんが、そういう細かいところに気を回して私に話を持ってきてくれたのかもしれない。それならありがたいことだ。
面接の練習
第一志望である広告企業の面接練習をしたい、と仰ったので、私が面接官役をして、5分間の仮想面接を行った。
まず、30秒で自己紹介をして頂く。それを受けて、面接官役の私が、自己紹介を掘り下げる形で質問していく。
水野さんの受け答えは堂々としていた。既にかなり練習されているようだ。この企業に入りたいという気持ちが本気なのだということが、ここでも感じられた。
内心、この人はすごいな、と感じながらも、質問をどんどんぶつけていく。水野さんは、緊張されている感じも少しあった。しかし、キビキビと私の質問に答えた。
5分を過ぎて、話題の切れ目で一旦終了する。
練習してみてどうでしたか?と聞いてみると、とにかく緊張したとのことだった。また、私の質問は想定外であったらしい。水野さんとしては、うまくできているのかどうか心細い感覚を持ったようだ。
私からは、水野さんの喋り口は良かったことと、一方で、志望動機がちょっと弱い印象を持ったこと、をお話した。
掘り下げ
実地的な面接の練習は、お互いにかなり疲れる。小休止も兼ねてエントリーシートを見せて頂き、水野さんの価値観などの掘り下げを行った。
エントリーシートには「カウンセラーの経験がある」と書いてあった。水野さんはカウンセラーのアルバイトをしていて、たくさんの人と話してきたそうだ。なるほど。だからこの人は、こんなによどみなく喋ることができるのだ。
エントリーシートについて色々とお聞きしていくうちに、水野さんは涙を流された。それはどういう涙ですか、とお聞きすると、いや、感極まっちゃって、と話された。
自分の価値観を深掘りしていくと、涙が出ることはよくあることだ。
もしかしたら、私の聞き方が詰問口調になっていたかもしれない。その点は気をつけていたつもりだが、さじ加減が難しい。普段は見えていない本音を引っ張り出すには、答えづらい質問や、考えたことのないことを考えなくてはならない質問をぶつけることが必要だ。
私から水野さんへたくさんの質問をした。水野さんは悩みながらも、全ての質問に対して答えを返してくれた。この人はモノを考えるチカラがある。
私の感覚としては、この人を採らないのはもったいない、という気持ちを強く持った。しかし、就職活動の面接は、たくさんの人が自分を言い繕う場だ。言い繕うことが上手い人に席を奪われることも、よくあることだ。
私は就職活動や人事のプロではない。自分が話していることが、水野さんの就職活動に確実にプラスになるかというと、その自信はない。
言い繕うスキルを高める方が、就職活動としては正解なのかもしれない。しかし、私はその言い繕うスキルは持っていないし、生き方としても間違っているように思う。だから、その前置きをお伝えした上で、私の素直な意見をさまざまに申し上げた。
お会いして一時間半ほど経ったあたりで、まだ続けますか、とお聞きすると、あと1時間くらいお願いできますか、と仰ってくれた。水野さんとしては、私の話に意味を見出してくれているようだ。とても嬉しく感じた。
最後の1時間は、IT業界の構造について話した。コンサル会社とSIerの境目が溶けてきているということ。ユー子、メー子、独立系の意味。それぞれの独立系SIerの位置付け。
その他、業界地図を使った業界分析の基礎、有価証券報告書の読み方などについてもお伝えした。
お別れ
水野さんの話はとても興味深く、楽しく、あっという間に時間が経った。
しかし、あまり話しすぎても、水野さんの頭に残らないだろう。何より、学生さんにとって時給1000円で人を雇うということは、お金の負担として大きいはずだ。程良いところで切り上げるべきだろう。
私のお茶代もお支払い頂き、お店を出た。池袋駅まで話しながら歩き、お別れした。
就活生さんたちは、心細く感じながら就職活動を進めていることだろう。就職活動の苦しみというのは、社会における無駄なコストであるような気がする。もっとパパっと決まらないものだろうか。
しかし、現代の社会を作ったのは私のようなおっさん世代だ。私の世代は、社会を変えることに失敗したのだと思う。水野さんの世代の人たちが力強く活躍して、私の世代ができなかったことを成し遂げて欲しいと感じた。
水野さん、ありがとうございました。あなたはきっと、たくさんの企業から必要とされる人になると思います。うまくいくと信じて、目一杯頑張りましょう!